「立てるようになってきたね」
「はい。日美香
さんのおかげです」
「菊花が頑張ってるからだよ」
病室の中で行うリハビリ。入院生活も三週間目に差し掛かり、私はようやく自力で、ほんの数秒だけ、立てるようになってきた。
生まれて初めて味わう、両の足で立つ感触。脳はこの感覚を知っているはずなのに、心はこれを知らないという奇妙な感じ。
自分の足で立つというのは、想像していたよりも、悪くなかった。この成果を最終的に菊花に奪われると確定していることを忘れられるなら、苦労に見合うとさえ思えるほどに。
だって、このままちゃんと歩けるようになれば、蓮さんに自分の好きな時に会いに行けるんだから。蓮さんが会いに来てくれることを、心待ちにする必要はなくなる。
恋人として会いに行くことはできなくとも、友達としてなら会いに行ける。
たった二回会っただけの人に恋をしてしまうなんて、まるで生まれて初めて視界に入った相手を親だと認識する雛鳥のように愚かだ。
蓮さんがどんな人なのかさえ、私はほとんど知らないのに。まだ自力で立って歩くことさえできない私の両足は、浮き足立っていて、自分だけの力で蓮さんに会いに行ける日に向かっていまにも走り出そうとしている始末。
「今日はこれくらいにしとこうか」
「そうですね。少し、疲れました」
「ゆっくり、焦る必要ないからね」
日美香さんの肩に掴まりながら、そして日美香さんに支えてもらいながら、ゆっくりベッドに腰掛ける。
私の体はまだ、支えなしで立つことはできない。だから、あらゆる行動が自分でもうんざりするほど遅い。
健常な体を持つ日美香さんからしたら、そんな私に付き合うことは非常にストレスがかかっているはず。少なくとも、とてつもないもどかしさを感じていてもおかしくない。
なのに、日美香さんは嫌な顔一つ見せない。誰がなんと言おうと、日美香さんがいてくれたから、いてくれるから、私はここまで回復することができた。
そのことを私はわかっているのに、なぜか私はいまでも、日美香さんを愛することができないまま。
日美香さんは私にここまで尽くしてくれているのに、私の心は蓮さんのことばかり考えている。そんな自分に、嫌悪感を抱いてしまう。
自分の人生を捧げてくれている日美香さんではなく、たった二回、都合のいい言葉をくれただけの蓮さんを好きなっている。そんな不誠実な自分が、醜く写る。
「おつかれさま。昨日よりも、立てるようになってきたね」
「そうでしょうか。私としては、そこまで変化は感じなかったですけど」
「私の肩にかける力が昨日より軽く弱くなってたよ。こういう状況だといい変化は自分では気付気付き辛いよね。でも、菊花はそういうことを見るのが得意だから、すぐ自分の変化もわかるようになるよ」
わかっている。私がどうして日美香さんのことを好きになれないのか。それは、彼女が私に優しくしてくれる理由が、私が菊花と同じ肉体を共有しているからだと、知っているから。
私ではなく、菊花にありえないほど優しくしてくれる日美香さん。日美香さんは私のことなんて、一度も見ていない。こうして毎日会いに来てくれているのも、私ではなく菊花のため。
だから、日美香さんは私に愛されることを望んでいないとしても、私が日美香さんのことを一方的に好きになることができない。
目の前にいる私ではなく、遠くに行ってしまった菊花ばかり見ている日美香さん……いくら尽くしてくれるとしても、私の死を望む日美香さんを好きなれるはずがなかった。
人と人を比較しちゃいけないことはわかっている。それでも比べてしまう。菊花が好きになった人が日美香さんではなく、蓮さんだったら、どれだけよかっただろうって。
「……日美香さんは、本当に菊花のことが好きなんですね……」
「なんたって、結婚の約束をしちゃうくらいだからね。だから、絶対に見捨てたりしないから、安心してね」
日美香さんはそう言って、慈しむような笑みを浮かべる。そこに躊躇いや迷いはなくて、自分の行動が菊花への愛であることを確信している。
日美香さんのこういう、自分のしていることが絶対に正しいと無邪気に信じてしまえるところが、どうしても好きになれない。
記憶を失った私が自分の存在をどう感じて、人生をどうしたいと願っているか、想像しようとさえしないところが、どうしても受け入れられない。
記憶を失った人間は、記憶を取り戻すことが幸福なことで、それが治療のゴールなのだという、周囲の人間にとって都合のいい物語を疑問もなく受け入れているこの人を愛せない。
そんな物語が支配するこの世界のことも、当然愛せない。きっと、そうした物語に、記憶を失うことで生まれた、たくさんの心は服従させられてきたんだろう。
体は成長している状態なのに、心は空っぽだから、周囲の人間の圧力に屈服して、自分を殺すことを強要されてきたんだろう。そして、周囲の人間は、そうした人たちの心を無意識に殺してきたんだろう。
日美香さんも、薫子さんも、大切な人を失ったことで頭がいっぱいで、菊花を取り戻したくて仕方がない。その気持ちは理解できる。
だから、二人のことは好きになれないけど、好きになれないだけで、助けてくれることに感謝はしているし、その寂しさを癒やされたいと願う権利くらいはあると思う。
でも、どうして、菊花とはほとんど無関係のお医者さんたちでさえ、記憶が戻ることは”よいこと”だと、自明の理として治療方針を定めてしまうんだろう。
記憶を取り戻したくないと願うのは、記憶を失った本人だけで、その人以外の全員は記憶が戻ることを望むからだろうか。所詮、圧倒的少数派の私の気持ちなんて、踏み躙られることだけが精一杯の役割なのだろうか。
「私も薫子さんも、友達だって、みんな菊花のことが大好きだから、ゆっくり自分のペースで、進んでいけば大丈夫だからね」
そう言って、日美香さんは私の体を抱きしめてくる。この行為の悍ましさに、思わず涙が溢れそうになる。
自分達のことを味方だと宣いながら、私に自分のペースで死んでくれと言えてしまう純真さが、本当に恐ろしくて。
自分たちが言っていることの残酷さを、全く顧みようとしないところが、本当に気持ち悪くて。
「体が治って、記憶が戻ったら、大学を卒業して、仕事でお金を貯めてからのつもりだったけど、前倒しで結婚式をするのもありかなって、最近思ってるの。どうかな?」
日美香さんが、菊花と歩む人生に逃避しているのもわかっている。それでも、こんな一方的な妄想を聞かされたら、平気ではいられない。
この問いかけは、問いではなく、ただの圧力。私が菊花と同じであることを強いるためだけの。
私の人生はなんなのだろう。菊花と、彼女を取り囲む人たちに、悲劇という花を添えるためにあるの? 私の人生は、菊花と日美香さんの結婚を前倒しするためだけにあるの? そんな理不尽がまかり通るの?
どうして……私の人生はこんなにも中途半端な始まり方をしなくちゃいけなかったんだろう。
菊花の”続き”からではなく、ちゃんと”はじめから”始めることができていたなら、日美香さんではなく蓮さんを好きになってしまった自分の心を呪う必要なんてなかったのに。
私の人生が他の人と同じように、”はじめから”から始まっていたなら、私は蓮さんへの気持ちを言葉にすることができたのに。
私の人生は、菊花の人生に雁字搦めにされている。菊花が決めた恋人。菊花が選んだ友達。菊花が選んだ人生。私を取り囲む全ては、菊花の息がかかっている。
こんなにも息苦しい人生が、この世界にあるだろうか。どうすれば、この菊花で埋め尽くされた袋小路から、抜け出せるんだろう。
私は、菊花が選んだものを、菊花が望んだような選び方をすることしか許されていない。好きになる人を選ぶことさえ、自由にはできない。
助けてほしくて、心の中で蓮さんを呼ぶ。心で蓮さんを叫んでしまう。
彼女と出会う前は、誰か助けてと泣いていたのに、いまは蓮さんを呼んでしまう。
心の行き場のないこの世界の中で、蓮さんだけが、私を見てくれた。蓮さんだけが、居場所になってくれた。
自分の人生ではなく、菊花の人生を歩むことを強いられている私が、唯一自分の人生を生きることを許されるのは、蓮さんと二人きりの瞬間だけ。
蓮さんだけが、私に人生をくれた。私から人生を奪う代わりに、怪我をした体を支えてくれる人。体は支えてくれないけど、人生をくれた人。
誰を好きになるかなんて、決まりきっていて……世界がどれだけ私を菊花で縛ろうとしても、心までは縛れない。縛れるはずがない。
菊花の婚約者は日美香だとしても、私の初恋は、蓮さんだ。