小説

《白紙の私に無題の道を 第10話 望まぬ不戦勝》作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)

 菊花が事故に遭ったと連絡を受けた私は、彼女が入院しているという病院へ、比喩ではなく文字通り、飛んで駆けつけていた。 私の行動、その動機が、これまで耳にしたことがないほど声を震わせている日美香への心配だったのか、それとも純粋に菊花のことが心…

《白紙の私に無題の道を 第9話 不協和同盟》作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)

 菊花の突拍子のない提案から一週間。私の日常には、何一つとして変化がなかった。 大学に通い、バイトをしたり、友達と遊んだり。そうしたいつも通りが繰り返される。私と日美香と菊花の関係も同じ。あんな普通ではあり得ない提案をしたのに、菊花の振る舞…

《白紙の私に無題の道を  第8話 キャンパストライアングル》 作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)

 私は、菊花のことが嫌いだ。我が物顔で日美香の隣にいる菊花のことが、大嫌いだ。 大学に入るまでずっと、そこは私の場所だった。小学校の頃からずっと、日美香の隣は私だけのものだった。 明るくて、社会的で……だけど、少し無思慮なところがある日美香…

《白紙の私に無題の道を  第7話 角の破綻》 作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)

 二週間ぶりに訪れた、蓮さんと二人きりの時間。二人きりがたった三十分しか続かないと考えるだけで、胸が苦しくなってくるくらい、大切な時間。 この世界で唯一、私のことを菊花ではない私として見てくれる人との、かけがえのない時間。 次いつ会えるかわ…

《白紙の私に無題の道を  第6話 二度目の初恋》 作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)》 作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)

蓮さんが来てくれない。最後に蓮さんと会ってから二週間以上経っているのに。わかっている。蓮さんにとって私は、友達ですらないってことくらい。蓮さんと友達だったのは菊花であって、私とではない。蓮さんは私を菊花きくかではないとわかってくれているから…

《白紙の私に無題の道を  第5話 二律領域》 作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)

「立てるようになってきたね」「はい。日美香ひみかさんのおかげです」「菊花きくかが頑張ってるからだよ」病室の中で行うリハビリ。入院生活も三週間目に差し掛かり、私はようやく自力で、ほんの数秒だけ、立てるようになってきた。生まれて初めて味わう、両…

《白紙の私に無題の道を  第4話 二度目の初恋》 作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)

入院生活は二週間を超えた。ようやく事故の怪我が治り始めたこともあって、少しずつだけど体を動かす練習をするようになった。体は少しずつ元に戻ろうとしているけど、記憶は相変わらず戻る前兆さえなく、菊花きくかを知らない無垢な私のまま。誰にもこんなこ…

《白紙の私に無題の道を  第3話 花の鎖》 作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)

蓮れんさんと出会ってから三日が経った。その間、彼女がお見舞いに来てくれることはなかった。入院生活も一週間を超え、菊花の友達がお見舞いに来ることもほとんどなくなり、比較的静かな病室が、しばらく続いている。「毎日すいません」「いいのいいの。私が…

《白紙の私に無題の道を  第2話 無地の瞳》 作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)

記憶を失う前の私は、とても友達が多かったようで、毎日のように誰かがお見舞いに来てくれる。来てくれるけど……一人の例外なく、記憶を失った私を見るなり、「記憶が戻るといいね」とか、「きっといつか、元に戻れるよ」なんてことを言われる。新しい命が誕…

《白紙の私に無題の道を  第1話 B面に落書きを添えて》 作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)

どんな人間でも、誰かに愛され、必要とされている。そんな名言が、事故で想い出を喪失した私の中に残り、燻っている。それは“記憶を失う前の私“が特別に意識していた言葉だからなのか、単なる偶然なのか、私にはわからない。ただ一つ確かなことは、記憶を喪…

《汚泥の底で煌めく一等星 最終話 エピローグ後半》 作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)

麗華れいかが本当に私のことを見てくれているのかと、不安になっていた時期があった。 麗華は間違いなく、私のことを”大切”にしてくれている。私に住む場所をくれる。食べるものをくれる。尊厳をくれる。麗華と結婚してからの六年間、私がこの部屋から一歩…

《汚泥の底で煌めく一等星 最終話 エピローグ前半》 作:神薙羅滅(Kannagi Rametsu)

「それじゃ、年齢と名前を教えてもらえる?」「年齢は二十四歳で、名前は東雲麗華しののめれいかです」テレビ番組の撮影。この企画は、占い師に今年の運勢を占ってもらうというしょうもないもの。別に占ってなんてもらわなくても、今年の運勢も、来年の運勢も…